里芋の足元で無力感再び

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私たちは、東京の足立区に住んでるとき、

ちょうど東日本大震災のひと月くらい後に区民農園が当選し、

夫婦二人で、猫の額のような区画の畑を耕し始めた。

↑この写真は、当時のもの。小松菜収穫中。

以前から、「自分たちで食べるものくらい自分たちで作りたいよね」と二人で話していたのが、震災を機に、いっきに実現した。

その時、夫も農業超初心者!

もちろん私も。

区民農園で出会ったたくさんの「長」(おさ)たちに、

農薬はこれがいい、肥料がこれがいい、
もっと肥料を上げないと野菜が太らないよ!

などなど、言われながらも、
ひとまず、無農薬、有機肥料、という組み合わせてはじめてみた。

もともと、研究熱心な夫。
私も夢中になるとまっしぐら派。

二人で試行錯誤しながら、初めて迎える夏の収穫は見事なもので、

畑からとってきたばかりの野菜たちで、食卓が彩られていくことが本当に嬉しかった。

しかし、あるとき夫が気づいた。

「はるーた、野菜に虫が付くのって肥料のせいらしいよ。」

簡単にいうと、

多量の肥料のせいで野菜が代謝不良を起こし、
つまり人間に例えるとメタボリックな状態となり、
そこに虫が引き寄せられてきてる、とのこと。

肥料を使うから農薬がいる、という仕組み。

なるほど、農薬、肥料、そして農薬耐性のある種を売る企業、
そこで巨大な利益が循環する。

ここにも利益追求型の社会の縮図があった。

そして、健康をむしばまれ、病院に行くと、そこでまた薬を売られ、
製薬会社がぼろもうけ。

この仕組み。

なるほどー!!

そこから、夫は無農薬・無肥料の自然栽培の道へと入っていく。

そして、東京を離れ、神奈川県相模湖で一反の畑を借りた時から、

我が「おだやか家」は、農薬も、肥料も一切使わず、

さらに、土の中の微生物たちの多様性をそのままに生かすために土も耕さず、

さらに、畑で使用するプラスティック製品、石油由来のもの、土に還らないものは一切使わず、

といった「おだやか家」のポリシーなるものが生まれていった。

最初の頃はよかった。

畑の規模が小さいうちは、自然栽培は無理がない。

農機具を使わず、鍬一本で土を耕し、

すべて手を植え、草をとり、

野菜たちの個性を生かし、
丁寧に目を配り、

日々関心を示し、
手間暇かけてあげればあげるほど、

小さいながらも、それぞれ個性的な姿をした、

今まで口にしたことのないような
生命力、滋味あふれる素晴らしい野菜たちが育ってくれた。

しかし、しだいに農地の規模が拡大しはじめ、
たくさんのお客様を迎え入れるようになってからというもの、

自然栽培でその規模をまかなっていくには無理が生じてきた。

刈っても刈っても刈り切れない草たち。

植物たちの生命力の前に、私はまたあの感情が湧き上がってきた。

無力感。


日照りの中の農作業、
雨が降っても作業に追われ、

来る日も来る日も畑に出て泥だらけになり、

足腰立たないくらい農作業をしても、
まだ追いつかない。

ある日私は、
自分の背丈ほどに伸びた里芋の根元で、
ひとり草刈りをしていて、

そこにうずくまり号泣してしまった。

もう無理。

もう何もできない。

またしても、
立ちはだかる巨大な何かの前で、
自分には何もできない、自分のちっぽけさにうなだれた。

続く↓↓↓

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