西と東

死ー両親との別離

<2011-06-04>

ずいぶんと考えたけど、結局、母に、
子宮摘出の手術を受けてもらうことにした。

癌研でのセカンドオピニオンで、いま直面してる
いちばんの危険性について知ることができたから。

それを回避するためには、
やっぱり手術を受けるべきだと。

私は、母の癌がわかってからずっと、手術や放射線、
抗がん剤治療などの対症療法に抵抗を感じてたんだ。

お母さんの年齢や体力を考慮し、何もしない、という
選択肢もあるんじゃないか、って。

その中には、治療のプロセスで生まれる母の痛みや苦しみが、
かわいそうでならない、という思いがいちばんだった。

お母さんが痛がったり苦しむのはいやだ。

苦しむくらいなら、
そしてどうせ治らないなら、

手術も抗がん剤投与もしないで「癌との共存」が図れないものか、
と代替療法のことばかり考えていた。

意識していないと、私の想像はふっと悪いほうへと引きづられる。

そんなとき「あぁ、まただ」と気づき、1回大きく深呼吸をしてみる。

呼吸に意識が戻ると、湧き上がっていた悲しみや、
無力感の感情と向き合え、今に戻り、心が落ち着いた。

そして、そんなときの心をよく観察してみると、

母が苦しむ姿を見て苦しむ自分を受け入れられない、
という思いが強いことに、ふと気づいた。

あぁ、私自身の恐れがすべてを生み出してるんだなぁ、と。
とはいえ、それがわかって上でも、まだ抵抗してた。

何もしない選択肢を、医者が勧めてはくれないかと期待してた。
しかし、医者は手術を勧めてきた。

兄が「例えば何もしない場合、難しいでしょうけど、
余命はどのくらいなんですか?」と質問した。

医者ははっきりと「それはわかりません」と答えた。

「命はわからないんです。
 末期でもう無理だ、と思っていた患者さんが、今も元気でおられる、
 また反対に、完全な治療法をとったと思われる患者さんが、
 3ヶ月で亡くなられた、そういうことがよくあるんです。
 だから、本当にわからないんです」

これを聞いたとき、全身から力が抜けてくのを感じた。

実はカズの友達で、余命3ヶ月から、
どうせ死ぬなら好きなことだけやってようと時間を過ごしてたら、
癌細胞がすべて消えてしまって、今でもピンピンして生きてるって
ひとが、本当にいるんだ。

本当にそういうことが起こりうるんだ。

でも反対に、人はいつでも、次の瞬間に死ぬ可能性がある。
これもまた真理。

面談を終え、私はかなり動揺し思考がまとまらない状態。
そんな中でも、落ち着いた様子で兄が言った。

やっぱり手術受けてもらおう。
目の前のことを、ひとつずつ片付けていこうよ。
先のことは、またその時考えればいいじゃん。

って。

確かに。

私は、目の前の一歩を飛ばして、
次に起こる(であろう)苦しみにばかり注意を向けて、
怖がっている。

お兄ちゃんがいう。

手術を受けて、そのあとがおまえの出番だよ。

私は、うん、と深く頷けた。

西洋医学、東洋医学、

その間で対抗するんじゃないんだ。
両方を統合していかなきゃ、この病気には向き合えない。

まずは私の心の中で、それを調和させなきゃ。

そして、まずは、私が信じなきゃ。
お母さんは大丈夫だって。

Om Shanti.

続く↓↓↓

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